広島地方裁判所 昭和44年(ワ)935号 判決 1970年11月20日
原告
細川忠紀
被告
近畿工業株式会社
ほか一名
主文
被告等は原告に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する昭和四四年九月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求は棄却する。
訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余は被告等の負担とする。
この判決の第一項は仮りに執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
被告等は原告に対し各自金一五九万二、三〇〇円及びこれに対する昭和四四年九月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
二、被告等
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
との判決を求めた。
第二、当事者の主張
(請求原因)
一、事故の発生
原告は、昭和四四年三月一二日午前二時五〇分頃、普通乗用車(以下原告車という。)を運転して広島市千田町から堀川町方面に向け進行中、同市国泰寺町一丁目広島大学北門前交差点において、同交差点を右方から進行して来た被告中嶋の運転する普通トラツク(以下被告車という。)と衝突し、原告は頸椎捻挫の傷害を負い、原告車は左前部を破損した。
二、責任原因
原告は右交差点に差し掛つたところ、対面する信号機が赤信号であつたので交差点の手前で一時停車し、赤信号から、青信号に変るのを待つて発進したところ、被告中嶋が信号を無視して被告車を運転し、同交差点を右方から進行して来たため本件事故が発生したものである。
被告会社は被告車を所有し自己のために運行の用に供していたものであり、また被告中嶋は被告会社に雇用され、その業務の執行中に本件事故を惹起したものである。
従つて被告中嶋は民法第七〇九条により、被告会社は身体傷害による損害については自動車損害賠償保障法第三条により、物的損害については民法第七一五条によりそれぞれ原告の蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。
三、原告の蒙つた損害
(一) 逸失利益 金四八万円
原告は本件事故当時バーテンとして勤務し、月収金四万円を得ていたところ、本件事故のため事故当日である昭和四四年三月一二日から一年間就労することができなかつたので、その間に金四八万円の得べかりし利益を喪失した。
(二) 治療費等 金四〇万九、三〇〇円
原告は前記のとおり傷害を負つたので、昭和四四年三月一二日から同年七月一〇日まで土谷病院に入院加療し、同年六月二〇日までに合計金三六万円の治療費を要した。
同年六月二一日以後は原爆手帳による診療となつたが同日以後退院までの間に部屋代として金一万円を要した。
一三一日の入院期間中、一日平均金三〇〇円の割合による合計金三万九、三〇〇円の雑費を要した。
以上の合計額は金四〇万九、三〇〇円である。
(三) 慰謝料 金一〇〇万円
原告は本件事故により前記のとおり傷害を負い、入院或いは通院して治療を受けたが全治せず、吐気、頭痛、上肢の知覚障害等の症状が癒えず何時全治するか判明しない状況である。これらにより原告の蒙つた苦痛は甚大なものがあり、これを慰謝するには金一〇〇万円が相当である。
(四) 自動車修理費 金二〇万三、〇〇〇円
原告車は原告の所有であるが、本件事故により大破したので修理費として金二〇万三、〇〇〇円を要した。以上のとおり原告は本件事故により合計金二〇九万二、三〇〇円の損害を蒙つたが、自動車損害賠償責任保険から保険金五〇万円を受領したので、これを右損害額から控除すると金一五九万二、三〇〇円となる。
四、よつて原告は被告等に対し各自金一五九万二、三〇〇円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(請求原因に対する認否)
一、請求原因第一項中原告主張の日時場所において原告の運転する原告車と被告中嶋の運転する被告車が衝突し、原告が負傷したことは認める。原告の負傷の部位は知らない。その余の事実は否認する。
二、同第二項中被告会社が被告車を所有していたことは認める。被告車を自己のために運行の用に供していたこと本件事故が被告中嶋の過失によつて発生したこと、同被告が被告会社に雇用され、その業務の執行中に本件事故が発生したことは否認する。被告中嶋は本件交差点に差し掛つた際、前方の信号機が黄信号であつたので交差点を通過しようとしていたところ、原告が左方の道路から対面する信号機が赤信号であるにも拘らずこれを無視して進行して来たため本件事故が発生したもので、被告中嶋には過失はない。
また本件事故は、被告会社の従業員である訴外藤本貞一が、被告車を運転して大阪市に赴く際、友人の被告中嶋を同乗させ、同被告と運転を交替した際発生したもので、同被告は被告会社に雇用されていたものではない。
三、同第三項中原告が自動車損害賠償責任保険から保険金五〇万円を受領したことは認めるが、その余の事実は知らない。
(被告会社の抗弁)
一、前記のとおり本件事故の発生については被告中嶋には過失はなく、専ら原告の信号無視の過失によるものである。
二、被告車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。
(抗弁に対する認否)
抗弁第一項の事実は否認する。
第三、証拠関係〔略〕
理由
一、請求原因第一項中原告主張の日時場所において、原告の運転する原告車と被告中嶋の運転する被告車が衝突し原告が負傷したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕を総合すれば、本件事故により原告は頸椎捻挫の傷害を負い、原告車は左前部を破損したことが認められ、他に右認定に反する証拠はない。
二、そこで被告等の損害賠償義務について判断する。
被告車が被告会社の所有であることは当事者間に争いがない。
〔証拠略〕を総合すれば、被告会社の雇用する運転手訴外藤本貞一は、被告会社の業務のため被告車を運転して山口県熊毛郡熊毛町の被告会社から大阪市に赴く途中、友人の被告中嶋から大阪市に行きたいから同乗させて欲しい旨頼まれたので同被告を同乗させて大阪市に行き、その帰途右藤本は眠気を催したので三原市辺りで同被告と運転を交替したこと、本件事故現場は広島市内を東西に通ずる国道二号線と同市千田町方面から堀川町方面に通ずる道路との交差点で、信号機により交通が規制されており、当時車両の交通量は多かつたこと、被告中嶋は時速約五〇キロメートルの速度で被告車を運転し、国道二号線上を西進して本件交差点に差し掛つた際、前方の横断歩道のかなり手前で対面する信号機が青信号から黄信号に変つたのを認めたが、前方のみ注視し、左右の交通状況を充分確認せず同一速度で進行していたところ、横断歩道から約五五メートル進行した地点で左方の道路から進行して来た原告車と衝突したこと、原告は原告車を運転し千田町方面から堀川町方面に通ずる道路を東進して本件交差点に差し掛つたところ、対面する信号機が赤信号であつたので横断歩道の手前で一時停車し、対面する信号機が赤信号から青信号に変つたのを認め、左方の交通状況を注意しながら発進し約一二メートル進行したところ、右方の道路から進行して来た被告車と衝突したことが認められ、右認定に反する〔証拠略〕はたやすく措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、被告中嶋は本件交差点に進入する前に既に対面する信号機が青信号から黄信号に変つたのを認めているのであつて、交差点に進入する前に対面する信号機が黄信号に変つた場合には、車両等は交差点の直前で停止しなければならないにも拘らず(道路交通法施行令第二条)、同被告は本件交差点の直前で停止せず、また左右の交通の安全を確認することなく漫然同一速度で本件交差点に進入したもので同被告には信号無視及び左右の交通の安全の確認を怠つた過失があつたものといわなければならない。
従つて同被告は民法第七〇九条により原告の蒙つた後記損害を賠償すべき義務がある。
また右事実によれば、本件事故当時被告車を運転していた被告中嶋は被告会社の従業員ではないが、同被告は被告会社の従業員藤本貞一から運転を委ねられて被告車を運転していたもので、被告会社は右藤本を通じて被告中嶋を指揮監督し得たものであるから、同被告は被告会社の被用者というべきである。
前記認定の如き本件事故当時の被告車の運行の態様に徴すれば、被告会社は被告車に対する運行支配権を有し、かつ運行利益も享受していたものであつて、自己のために被告車を運行の用に供していたものというべきである。
従つて、被告会社は後記原告の蒙つた損害のうち身体傷害による損害については自動車損害賠償保障法第三条により、物的損害については民法第七一五条により賠償すべき義務がある。
三、原告の蒙つた損害について
(一) 逸失利益 金五一万五、九六一円
〔証拠略〕を総合すれば、原告は本件事故当時スタンド月子こと西村紀代美方にバーテンとして勤務し、月収金四万円を得ていたところ、本件事故のため事故当日である昭和四四年三月一二日から昭和四五年四月中旬頃まで就労することができず、その間給与を受け得なかつたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。従つて原告は右期間内に金五二万円の得べかりし利益を喪失したものというべく、これからホフマン式計算法(月別)により民事法定利率年五分の割合による中間利息を控除して本訴状送達の日であること本件記録上明らかな昭和四四年九月二七日現在の価額を算出すると金五一万五、九六一円となる。
(二) 治療費等 金三九万八、〇七八円
〔証拠略〕を総合すれば、原告は前記のとおり傷害を負つたため、昭和四四年三月一二日から同年七月一〇日まで土谷病院に入院加療し、退院後も昭和四五年四月二〇日まで同病院に通院して加療したこと、昭和四四年六月二〇日までに治療費として金三五万一、四七八円を要し、証明書料として金三〇〇円を支出したこと、同年六月二一日以後は原爆手帳による診療になつたが、退院までの間に部屋代として金一万円を要したこと、一二一日間に亘る入院期間中一日金四〇〇円の割合による雑費を支出したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、原告は入院期間中一日金四〇〇円の割合による雑費を支出しているが、この内一日金三〇〇円の割合による合計金三万六、三〇〇円が本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
従つて原告は本件事故のため入院したことにより治療費等として合計金三九万八、〇七八円の損害を蒙つたものというべきである。
(三) 慰謝料 金七五万円
前記認定の如き原告の負傷の部位、入院及び通院期間によれば、原告が肉体的精神的に甚大な苦痛を蒙つたであろうことは推察するに難くなく、右事実に記録上認められる諸般の事情を考慮すれば、右苦痛を慰謝するには金七五万円をもつて相当と認める。
(四) 自動車修理費 金二〇万三、一四〇円
〔証拠略〕を総合すれば、原告車は原告の所有であるが、本件事故のため大破したので、原告は修理費として金二〇万三、一四〇円を支出したことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。
(五) 過失相殺
前記認定の如き本件事故の態様に徴すれば、原告にも右方の交通状況の確認を怠つた過失が認められ、右過失も本件事故発生の一因をなしているので、原告のかゝる過失を斟酌し、右損害金合計金一八六万七、一七九円のうちその約八割に当る金一五〇万円を被告等に負担せしめるを相当と認める。
四、原告が本件事故により自動車損害賠償責任保険から保険金五〇万円を受領したことは当事者間に争いがないから、これを被告等の負担すべき金額から控除すると金一〇〇円万となる。
従つて被告等は原告に対し各自金一〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな昭和四四年九月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
五、よつて原告の被告等に対する本訴請求は右認定の限度で理由があるので認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、第九三条第一項を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 岡田勝一郎)